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東大生が何かの感想を書くブログ

中国映画『少年的你』を見て 

いつの間にか5000文字書いてしまったので、流し飛ばし読んでください。

 

先に言っておくと、この作品は中国国内で好評を博しながらも東野圭吾の『容疑者Xの献身』『白夜行』『告白』のパクリだと主張する声が大きいです。本当だとしたら結構な欲張り大セットですね。パクリ疑惑についてはこのリンク先で詳しく説明してくださっています。ちなみに中国ではJ.K.ローリング(ハリー・ポッターの作者)よりも東野圭吾の方が売れており、海外作家では売り上げ1位ということでファンが中国国内にたくさんおり、大きな論争になっています。

第64回:中国小説界に深く根を張る東野圭吾(執筆者・阿井幸作) | 翻訳ミステリー大賞シンジケート

本作品は中国のセンター試験である高考と校内いじめをテーマにした青春(?)映画です。高校3年生だたくさん出てきてボーイ・ミーツ・ガール的脚本であることを考えると青春映画に分類される余地はあるはずですが、それが憚られるほどの鬱展開を含む映画です。

もともと公開1ヶ月の予定があまりの人気で2週間ほど延長されましたが、本来の終映日の翌日に大手動画サイトで視聴可能になるという…このスピード感は本当に羨ましいです。日本では大多数の映画館で終映したあとでも、見逃し需要を見込んで逆に上映を開始する映画館があったりしますが、中国では上映期間は国全体で統一されているんですね。

 

历史票房红榜 | 中国电影票房排行榜

このサイトによると、興行成績は今年9位です。経済成長中だとはいえ、歴代トップテンのうち6作が今年公開されたものというのは豊作の年だったんでしょうね。

トップスリーは中国の国産アニメの歴史を塗り替えたと言われるほどの大作『哪吒之魔童降世』,『流浪地球』,『アベンジャーズ4(复仇者联盟4)』で、建国70周年を祝って制作された国策映画『我和我的祖国』は5位です。国策映画なので例外的な長さで上映していましたが、これも最近优酷で見れるようになりましたね。

 

さて、本作『少年的你』の主演男優である易烊千玺はTFBOYSの一員で、大人気アイドルです。TFBOYSってもう長いこと名前聞くし歳上でしょと思ってたら、2000年生まれでビビり倒しました…2013年デビューって、もうほぼ小学生でデビューしてたんだ…そして彼は姓1文字に名3文字という、日本でも中国でもなんじゃこりゃっていう名前の持ち主です。芸名でなく本名。中国で4文字の名前の人は基本いないんですけど、彼のお母さんが非凡な人間に育てたいと思ってそうしたらしいです。先見の明がすごい。

まずあらすじから。しばらくネタバレなしで書きます。

豆瓣から引っ張ってきた紹介文を勝手に一部改変したあらすじです。

 この映画の女主人公である陈念は、もうすぐ高考を受ける高校3年生。第一志望は日本でいう東大。同じクラスの胡晓蝶(女1)がいじめを苦に飛び降り自殺したことから生活は一変する。女1が亡くなったあと、陈念は魏莱(女2)を主とする3人組の次のターゲットとなり、いじめられることになるのだ。女2は表面的には優等生であるが、実際はいじめの主犯で、胡晓蝶(女1)の死に深く関わる人物である。

 陈念は易烊千玺演じる小北という不良がリンチされているところを助ける形で出会う。小北はいじめから守るため陈念のボディーガードとなり、時間が経つにつれて2人はいい感じの仲になっていく。しかし小北が駆けつけられない時に陈念は女2たちに取り囲まれ…

まだ見られていない方に一つ注意したいのは、いじめって一口に言ってもかなりキツい内容でした。靴を隠すレベルのジャブはなかったです。尺の問題もあるんだろうけど、どれもヘビーすぎて。誰が見ても刑事事件レベル。

 

この映画の見所は…なんだろう…高考の雰囲気が伝わりやすいこと…要するに中国の高校生について知れることとかかな…。

ここまで勢いよく書いておいてなんですが、正直そんなにこの映画自体は好きじゃないかもしれないと今気づきました。気づくのが遅い。10点満点で5点くらい?それって結構好きじゃないな。演技はみんな上手いと思うんですよ、脚本が好きじゃなかったです。でも映画の上に流れる弾幕(もちろんオフできます)を含め、中国の現状について得た学びはかなり大きかった

あ、あと急に思い出したので数文だけ追記しますが、貧しさからくる湿っぽい空気が映画全体に漂っていて、すごくリアルだと思いました。撮影地は重慶という、急な経済発展とそれについていけない庶民というか、昔ながらの中国の下町感が入り混じった都市だと聞いています。似てるのが万引き家族』みたいな、なんとも言えないくすんだ雰囲気がちゃんと映画の中で生きているのはすごいことなんじゃないでしょうか。

 

まずこの映画から読み取れる中国について説明します。

主人公の陈念はおそらく片親で、お母さんが遠くに出稼ぎに行っています。もちろん裕福な家庭ではなく、廃れた地域にあるボロいアパートの一室に1人で住んでいます。こんなにいじめというか暴行がひどくなったのはこの辺りも関係があると思う。守ってくれる保護者がいないし、家に帰るのに路地裏みたいなところたくさん通るし。

中国では小中高大とほとんどすべてが公立なので、貧しい家庭からトップレベルの大学を目指すことは日本より易しいと思います。聞いた話では公立の高校なのに夜中10時とかまで拘束されたりするらしい、本当に塾いらず。お金があったら進学校が集まる校区に家を買うとかさらに巨額なレベルでの競争があるらしいですが…。

高考は日本でのセンター試験という説明は正確ではなく、高考は私の知る限りでも①人生で1回しか受けられない、②大学ごとの個別試験はなく高考で全てが決まる、③マーク式の問題も記述式の問題もある、④スポーツなど一芸があれば筆記試験の点数に数十点単位で加点される、⑤全国統一でなく、省によって問題や形式が異なる などなど、かなり独特な制度です。

 

さて、感想にうつります。

まず私がこの映画で一番怖かったのは、「主人公の陈念のような人は中国にたくさんいるが、守ってくれる小北は映画の中にしかいない」という弾幕の一文です。いじめの首謀者である魏莱も北京大学を志望する超絶優秀な生徒のはずなのに、受験直前にこんな苛烈ないじめをするってそんな余裕ある?と思うし、周りでも中高時代のひどいいじめの話は聞かないので現実味がなかったのですが、弾幕を見るとそんなに珍しいわけじゃないよね、みたいなコメントが多くて…嘘だと思いたい。たしかに教育熱心な家庭に育った多感な時期の高校生が夜の10時まで毎日一緒にいたらいじめが起こらないわけはないと思うけど…日本のいじめとは少し方向性が違う気がします。日本ならもう少しバレないようなやり方になるんじゃないかな。

陈念はずっと、高考さえ終われば、大学に合格さえすれば人生が変わる。それまでの我慢だと言っています。日本も学歴社会なのかもしれませんが、それ以上のものを感じますね。そんな変わるかなあ…東大に来ても女子は結局顔がかわいい子が一番偉大なのだけれど…

あ、ただ、陈念は別に名誉や高給を求めてトップレベルの大学を目指しているわけではないです。劇中で彼女が言うのは、「勉強して、テストを受けて、いい学校に行って、一番頭がいい人になって答えを見つけたい。もしできるなら、世界を守りたい」です。彼女の意図がよく分からないのは私が世俗の欲にまみれた人間だからか…。良い大学に入ることで世界の真実に近づけるのかな、むしろ学問分野の方が大切なのでは?

そしてこの映画の名セリフとされているのが、そのあとに小北が言う「你保护(=保護)世界,我保护你」です。原作の小説だとちゃんと文脈があったのかもしれないですが、私はこのセリフは少し唐突で宙ぶらりんな気がして、あんまり好きじゃないです。

この映画が好きじゃない理由はネタバレなしには説明できないので、以下ネタバレありです。見る予定の方は気をつけてください。無料ではないですが、ここから見られると思います。

少年的你 少年的你-电影-高清完整正版视频在线观看-优酷

 

 

 

 

まず時間配分が気に食わない。なんでそんな警察の場面に時間費やすの??あの男刑事、そんなキーパーソンにする必要ある??というのはすごく疑問でした。陈念の家まで行って摑みかかるところは本当になんだこいつと思ってしまった。取り調べのシーンで二人の思いが通じ合って綺麗にまとまったと感じた分、子供たちがせっせと耕した花畑を踏み荒らしにきた悪い大人、みたいに見えたのかもしれない。いや中国の映画で警察が殺人犯を裁けないわけがなくて、でもあの取り調べで2人が強固な信頼関係を見せるシーンを描きたくて、それなら刑事の人情とやらでその2つをつなぐしかないのかなというのもわかるんだけど…。

確かに刑事を強調するあたりは『白夜行』を踏襲しているのかもしれない。でもなんかいじめのとき役に立たなかったくせに今更なんなんだという気持ちが出てきてしまって、あんまり歓迎はできなかった。結構主人公たちに感情移入してしまってますね。

というか魏莱(女2)の行動が意味不明。許して、って散々取りすがったあとに何も要求されないってわかった途端、階段登りながらまた上から目線で絡みにいく。意味がわからないから感情移入ができなくて、なんだこの異物は、殺されたいのかな?となってしまう。階段から落としてしまう場面も典型的すぎて…階段登りながらね、ひどいこと言われてね、ぷっつんしてうっかりね、あるある、と冷めた目で見てしまいました。最初に貼ったリンクによると小説では魏莱の亡くなり方が違うらしく、私は小説の方が好きですね。

私は後味悪い映画も好きなんですが、この映画はなんていうか…波乱、暴行、小康状態、暴行、事件、ラストっていう流れの中で、私の中では冒頭の飛び降り自殺のシーンが一番センセーショナルで、それを超えられなかった。うまく言えなくて歯がゆいけれども、後味の悪さを越えて見てよかったと思えるものがなかったです。

ラストも、面会室で二人が対面して笑い合うシーンは本当に好きだったけど、そのあとハッピーエンドっぽくしたいのかしたくないのか、はっきりしてくれ!というのが私の感想です。

小北は「你往前走,我一定在你后面(君は前を歩いて、僕は必ず後ろにいるから)」と言います。ボディーガード役を引き受けるけれども、自分みたいなチンピラと一緒にいるのを見られるのは世間体として良くないからという配慮ですね。私は最後この構図を繰り返すより、陈念も刑務所に入ることで小北と対等になって、隣を歩けるようになった方が救いが見出せるんじゃないかなと思いました。最後陈念が働いているのは学校じゃなく培训中心ですね。頭の良さは生かせるけど教師にもなれない、当たり前だけれども。結果的には将来あんなにも格差があるように思われた小北と同じ未来が歩めるようになった。ひと夏の恋となりそうだったものが生涯のものとなりえたという、もちろん殺人を肯定するわけではないですがそういう終わり方のほうがハッピーエンドっぽい。

  

東野圭吾要素に関して、個人的にそこまで強くは感じなかったですね。内容的にかぶってるのはわかるんだけれども、東野圭吾にこういう学園もののイメージがなさすぎてそんなすぐには結びつかなかった。

結末的に結局逃げおおせる『白夜行』よりは『容疑者Xの献身』かとも思うけど、やっぱり『容疑者Xの献身』ともそんなに結びつかないかな、個人的には。

実は『白夜行』は公開当時、中学生?のときに見に行ってかなりの衝撃を受けました。見終わってすぐに小説も読んで、たぶんこれを機に彼のマイナー作品とかも漁りだしたという、思い入れがある作品なので少しうるさいんですが、実はこのブログを書く前に映画を見返しました。白夜行』の真髄は長期にわたって続いたあの関係性の異質さにあると思っているので、この映画のひと夏の関係的なのはそれよりは常識の範囲内っぽくて私の中では一致しないです。

珍しく擁護しますが、私的にはこの短期間の関係なのにこんなにも入れ込んでしまう、それが『少年的你』というタイトルの表す通り少年少女の危うさなんだと思えます。男刑事は「強姦罪殺人罪を人のためにかぶる人なんていないでしょ」という同僚の言葉に対して、「僕と君ならありえない、でも2人はまだ少年なんだ」と即答します。ここはフラグ回収みたいで良いシーンでした。

(追記)まあでもその未熟さを東野作品との対比で強調されている節はあるので、オマージュというよりは『白夜行』や『容疑者Xの献身』が前提となっているというか、同じ文脈の中に置かれている感じはありますね。そこまで東野作品が中国で浸透していることが信じられないし本当にすごいなという感じですが…まあ『あなたの番です』がめっちゃ流行ってリアルタイムで見ている人も相当数いましたし、日本のコンテンツへの彼らの関心が私たちが想像する以上に大きいのは間違いないのではないでしょうか。それが未来永劫続くとは思いませんが。

 

燃え尽きたのでこの辺でやめときます。

最後まで読んでくださりありがとうございました!同じく2019年のベストヒット作品の一つであるSF映画『流浪地球』の記事も書いていますので、是非読んでみてください。

 

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