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東大生が何かの感想を書くブログ

中国映画『流浪地球』を見て 

前書き追記:最近知ったのですが、Netflixに『流転の地球』という名前で入ってました!SFというテーマなこともあってか中国映画としてはイデオロギー要素がほとんどなく、比較的見やすい方だと思うので、加入されている方は是非!

この映画は昨年9月に优酷で見たのですが、割と流し見してしまったので見返しつつ感想をまとめることにします。中学生のときにこういう設定(天災で人類が地下に避難して暮らすことになる)のSF小説を読んですごくハマったのに、なんという名前だったかさっぱり思い出せない…。

少し説明すると、『流浪地球』は2019年に公開された中国の大ヒット映画です。年間を通じて興行成績は9位で、小説『三体』と並んで中国のSF業界が新時代に突入したという評判もあるほどの大作です。ちなみにこの映画の原作である同名の短編小説も、超絶怒涛なヒット作である『三体』と同じく刘慈欣が書いたらしいですね!私もいま知りました。というか刘慈欣すごいな、まさにエポックメイキングな小説家なんですね。

『三体』は昨年夏に読みました。始まりが文革のときに大学教授が校庭に引きずり出されて、リンチを受けて亡くなるという衝撃的なシーンで、本筋とは離れているのに私はそのあたりの描写が一番好きだったかもしれません。美容室で読んでいたのですが、思わず美容師さんに「主人公だと思っていた人が最初の数十ページで死んでしまいました…」と漏らした記憶があります。文革という外国人の私にとっては全く馴染みのない場面だったのにも関わらず情景がありありと思い浮かんで、もちろん痛々しいという言葉では済まないようなものでしたが、作者の方と訳者の方、両者の力量を感じました。

残りの2冊の日本語版が出ていないので待ち遠しいです。文系の私には日本語でもきつい内容だったので、原版に手を出そうとは思えませんが…。

 

さて、この映画のあらすじを私の愛する百度百科から引用してざっくり訳すと同時にいくらか勝手に付け加えてみます。

流浪地球(2019年郭帆执导中国科幻冒险电影)_百度百科

近年来,科学家们发现太阳急速衰老膨胀,短时间内包括地球在内的整个太阳系都将被太阳所吞没。为了自救,人类提出一个名为“流浪地球”的大胆计划,即倾全球之力在地球表面建造上万座发动机和转向发动机,推动地球离开太阳系,用2500年的时间奔往新家园。
中国航天员刘培强饰吴京饰)在儿子刘启四岁那年前往领航员空间站,和国际同侪肩负起领航者的重任。转眼刘启屈楚萧饰)长大,他带着妹妹朵朵赵今麦饰)偷偷跑到地表,偷开外公韩子昂吴孟达饰)的运输车,结果不仅遭到逮捕,还遭遇了全球发动机停摆的事件。为了修好发动机,阻止地球坠入木星,全球开始展开饱和式营救,连刘启他们的车也被强征加入。在与时间赛跑的过程中,无数的人前仆后继,奋不顾身,只为延续百代子孙生存的希望。
 近年、太陽が急速に老化すると同時に膨張を続けていることが発覚した。地球は100年後に太陽に呑み込まれ、300年後には全ての太陽系が同じようにして消滅してしまうというのだ。この危機を前に世界中が力を合わせ、連合政府の名の下「流浪地球」という大胆な計画が打ち出された。それは世界中の力を合わせて、地球の表面に1万ものエンジンを建設して地球を太陽系とは反対の方向へ押し出し、2500年もの時間を費やして4.2光年離れた新しいふるさと(新家园)に向かおうという移民プロジェクトだ。
 しかしながら300メートルも海面が上昇する、気温がまもなくマイナス70度に達するなど事態の悪化は急速に進み、各エンジンの地下に建設されている「地下城」への移住が進められることになった
 中国の宇宙飛行士である刘培强は、息子の刘启(主人公)が4歳の年に「流浪地球」プロジェクトの一員として宇宙ステーションに向かい、様々な国の仲間とともに管制員という重責を担っていた。17年後刘启は大きくなり、妹の朵朵とともに無断で地表に出て、祖父である韩子昂のトラックをこっそり運転する。結局は逮捕されることになり、投獄中に大きな地震が起き、なんと世界中のエンジンが止まってしまう。このままでは地球が木星に墜落するため、連合政府は手を尽くして救援活動を行い、刘启たちもそれに協力することになる。時間との戦いの中、刘启は救援隊、そして反発していた父とも協力してこの危機に立ち向かう。

うまく説明できているか不安です…。SF映画だとやっぱり説明が長くなってしまいますね。家族がテーマの映画だと言う人もいるくらい、家族というキーワードが組み込まれたSF映画です。そういえば韓国映画新感染 ファイナル・エクスプレス』も、家族を含め「愛」が組み込まれたゾンビ映画でしたね。私はあの映画結構好きです。

総じて言うとこの映画はとにかく映像がすごいと思いました。語彙力がない。地下城の中の様子から建物も何もかも凍っている外の様子まで、映像のクオリティが本当に高くて映画の世界観に容易に入り込むことができました。前回の記事と同じように10点で点数をつけるとするなら7点くらい?主人公のおじいちゃんが好きすぎるのでやっぱり7.5点にしておこうかなとも思いましたが、最後の展開に少し思うことがあるので(ネタバレ含むため後述)、やっぱり7点くらいにしておきます。そもそもこんな上から目線で点数なんてつけたことがないので私の中でもまだ基準が定まっていないです。主人公にはあまり感情移入できなかったけれども、脚本は全体的によくまとまっていて面白かったです。

特に最初1時間ちょっとの間は展開が本当に早くて飽きがこない。モスと呼ばれるAIも近未来感をより強くしていてよかったと思います。宇宙ステーションの近未来感と地下城の現在と変わらない庶民の日常という対比が効いていました。それと映画の冒頭、地球が異常気象にまみえるあたりでの世界各国のニュース番組の切り取り方がかなり好きでした。おぼろげな記憶をたどると『シン・ゴジラ』と似ているような気もしますね。

私は小説のジャンルの中ではSFが一番好きなのですが、作品の中で制度がきちんとしていればしているほど、まるで本当に実在しているように感じられてよりその作品に一段と愛着が湧きます。もちろん広げすぎれば設定を回収しきれないとか、矛盾が表出するとか、様々なリスクはあるので難しいとのは承知なのですが。例えばハリー・ポッターシリーズでは、魔法省という役所の存在が出てきた瞬間すごく気分が高まったし、ホグワーツの学校のO.W.L.といったテストに関する描写はヴォルデモートとの戦いの倍くらいの回数を読み返していると思います。その世界の輪郭をなぞればなぞるほど没入感が大きくなるんですよね。

ただこの映画の中で、宇宙飛行士たちは機械の中で眠りにつくことで体力の消耗を極めて低く抑える「休眠」という仕組みを活用しているようですが、説明が全くないので個人的には詳細が気になりました。主人公の父である刘培强も任務についた17年のうち12年は休眠にあてていたようです。地下城の中ではそのような設備はなさそうだったので、有能な人材はできるだけ長く生きてもらいたいということなのでしょうか。その分寿命が延びるのかどうか定かではなく何のためにそうしていたのか引っかかるので、やっぱりちょっと説明はほしかったですね。

あと連合政府の実権がアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの5ヶ国というのも個人的に面白かったです。国連の安全保障理事会常任国と全く同じで、高校生のときは実感もなく暗記していたけれどたしかに想像はつくなあと。私は国際政治に関しては単位を取っただけで全く頭には入っていないのですが(もう少し悪びれるべき)、GDPの規模と国際政治上の力量は必ずしも一致しないですよね。GDPではドイツが上でも、私でも大陸のEUから1国選べと言われたらやっぱりフランスを選びます。保有国というのを意識しているわけではなく…国際機関の公用語として英語の次にフランス語が多いとよく聞きますよね。世界史は一応入試の時に勉強して、イギリスとフランスが近代以降長い間いつも渦の中心にいた印象があるから条件反射でそう選んでしまうのかなあ。

ロシアは地政学的に重要なんですかね…GDP的には日本の3分の1なのに。今回のように宇宙関係だとたしかに経験はあるのだろうけど、国際政治と言われる場においてもGDP以上の存在感を発揮しているように思えます。全然知らないけど。

この映画に話題を戻すと、やっぱり理系かっこいいなあ…という一言に尽きますね。優秀な理系のメガネくんが重要な役割を果たすのですが、とても輝いて見えました。そう考えるとやっぱり『シン・ゴジラ』と重なる部分が多い気がしてきました。詳しく書くとネタバレになるので後述しますが、でもこれはパクリだと言いたいわけではなく、きっと国や地球の存亡を前にした題材を扱う際には一定のフレームワークがあるんでしょうね。意識せずともストーリーを成立させるとなると結果的にその中に収まることになり、その中で個性を出していくしかないんだと思います。

そういう風に考えるとこの作品は場面展開をまめに行ったり、ストーリーの中に親子の確執を組み込んだり、AIを始めとしてハーフの男の子、主人公のおじいちゃん、嘔吐おじさんなど印象の強いキャラクターが多かったりして独自の色を出せていると思います。人気なのは納得できますね。救援隊の隊員の心情描写もしっかりしているから海猿的な面白さもあるし、見ている人は斬新な設定に加えてそのほかでもどこかしら気にいる部分がきっとあるのではないでしょうか。題材に対して2時間5分という時間が短すぎるため説明しきれず、私のような粘着質な視聴者がうだうだ言いたがることになるんだろうけれども。ただやっぱりこれから書くいちゃもんは全体的に面白かったからこそ惜しいと思った部分であり愛情に基づいているという前提で読んでいただきたいです。

ネタバレなしの範囲内で最後にとてもしょうもないことを書きます。この映画は地球全体が直面している問題を扱っていることもあって、結構海外の描写が差し込まれる回数が多いのですが、日本語の発音がやっぱりちょっとぎこちないんですよね。昔見た韓国ドラマの中の日本語よりは全然マシなんですが、発音がちょっとだけ詰まってる感じ。「味噌汁飲みてえ。白飯がありゃ文句ねえ。」と日本人が死ぬ前に言う場面があって、翻訳では二つの順番が逆だったので、自分だったらどっちが先かちょっと考えてしまいました。私なら死ぬ前に食べたいのはお寿司かな…。

ここからネタバレありなので映画を見る予定のある方は読まないでください。映画は無料ではありませんが、このリンクから見られます。

流浪地球 流浪地球-电影-高清完整正版视频在线观看-优酷

 

 

 

シン・ゴジラ』と重なると感じるのは、①理系の職員が真価を発揮する、②危ういところを外国の協力によって切り抜ける、③保守的な政府に対して勇敢かつ革新的な個人が無茶をやって奇跡を起こす、という3点ですかね。もちろん政府というのは中国政府でなく連合政府です。

どれも国の存亡を争う際には必須な要素なのは当たり前のことで、きっとこのテーマをエンタメとして扱うときの必要条件ということなのでしょう。ただこの映画では連合政府の影も形も見えないのが私は納得できないです。地球を思ったより早く見捨てるのかと思いきや、最後結局は「宇宙ステーションの半分くらい木星に突入させていいよ、グッドラック」とか言い出して、絶大な権力を握っている連合政府の本家本元はどこに所在しているの?さっぱりわからない。全てAIモスを通してしかコミュニケーションできないし、実態が見えない組織の決定には圧力しか感じなくて、最後の方に急に人情を見せられても…という混乱がありました。主人公の父、刘培强が連合政府に「今日は中国の新年1日目なんだ」とか何とか言って情に訴えかけるシーンなんて、そんな簡単に連合政府が情で動くものかね。世界に旧暦を採用している国がいくつあるというのでしょう。どうせ滅ぶのを待つだけなら0.1%でも確率がある行動を起こした方がマシなわけだし、そっち路線でもう少し合理的に説得できないものか。

ただ科学技術の権化であり、全能の神のようにさえ感じられるAIのモスが全世界に向けて地球の終わりを通達した時の絶望感がとても印象に残りました。不謹慎かもしれないですが天皇玉音放送を想起しました。もちろん絶望が深ければ深いだけそこからの逆転ハッピーエンドが輝くわけですが、そのあと九死に一生を得るような打開策を思いつき、世界中に協力を願うもみんなもはや希望を失っていて耳を貸さない部分はすごくリアリティがありましたね。

だからこそやっぱり最後の国境を越えていろいろな国から集まってきた人々と一緒になって力仕事をするシーンはありえなくない…?と一歩引いた目で見てしまいました。ここまで文明発展させておいて、一人では抜けなかった大きなかぶが何人も集まったら抜けました、みたいな展開は欲しくなかった。というかあんなに長くてカーブしにくそうなトラックを運転してインドネシアスラウェシ島とやらまでそんな短時間で着くものかな?そして年端のいかない女の子が涙ながらに訴えかけたらみんなが動いたみたいな展開も、1回目に見たときはふつうに感動したけど2回目に見たらあるある〜と冷めた目線で見てしまいました。まあ理由はわかるんです、宇宙飛行士とかいう外れ値のエリートに言われるより、普通の女子中学生?高校生?とかが声を上げる方が親近感があって人々の心に訴えかけるという効果を期待できそうですよね。私も民衆の一人として実際同じように勇敢な少女に感化されるはず。でもこういうジャンヌ・ダルク的構図を何度も見たことがある気がして、親近感という面では別に主人公の少年でもよくない?と思いました。

フェミニズムをエンタメに持ち込むなと言われそうでヒヤヒヤするので保険をはっておくことにします。こういうのは結局偽善というか、自己満足だという自覚は一応あります。アリエルを黒人の方が演じるというニュースを見てモヤモヤしたこともあるし、きっと私は現時点で私自身に関係する問題にだけ関心があって、是正を求めているんでしょうね。結局はどの差別も上野千鶴子さんがある座談会の中でおっしゃっていた、

上野先生:女性差別に対して男性が声をあげると、やっぱり空気が変わるの。男がいうのと女がいうのとは違うんですよ。

学生:女性と男性が言うことの重さが違うことが残念だと思います。結局、性差別がある環境を、女性の力だけで変えることは難しいと言うことでしょうか。

上野先生:当たり前です。あなたの言う通りよ。同じことを女が言うと「それは考えすぎ」「被害妄想」と言われがちよね。

この議論に通ずるものがありますね。問題の当事者が口を開かないことには議論にさえならないものの、解決に導くには当事者以外に問題だと認識してもらい、共感を呼んで賛同者を増やした結果ようやく事態が改善に向くというか。差別に限らず、公害問題とか基地移転問題とかにも通じるものがあるのではないでしょうか。浅薄な知識でインターネットという大海で物事を主張するのは怖いので、もう十分言ってしまいましたがこの辺にしておきます。

UmeeTというこのサイトは東大発オンラインメディアとのことですが、結構面白い記事が多くて1年生の時からたまに見ては読み漁っています。是非読んでみてください。

【上野千鶴子先生と東大生のライブ討論】それでも消えない祝辞への疑問を、本人に投げかける | UmeeT

 

最後にもう一度ストーリーの話をすると、なんか主人公父の意向が結局うまく通り過ぎている気もしますが、主人公を始めとする名もなき人々の団結した力+1人の犠牲でようやく危機を打開できた、というのはなんていうか、妥当な落としどころではあるのかなと思いました。ざっくばらんな表現になってしまいました。もし最初のところだけで解決していたら一介の技術者の思いつきが地球全体を救うというあっさりしすぎたストーリーになり得たし、そもそもその案はイスラエルの科学者たちがもっと早く気づいて、検証した結果否定されていたものでしたよね。そこに宇宙ステーションが突っ込んでいくという普通ならあり得ない選択肢を取ることでようやく実現した方策ということで、きちんと道理は通っています。

劇中のように科学がなければ文字通り地球上で人間が生き抜くこともできないような気候のもとでは科学は人類の生命線ですよね。AIが重要な判断を下すし、まるで科学が全てを支配したような世界で、結局は人の気持ちとかそういう曖昧な何かがその予測を上回るんだというメッセージもあったのかもしれないですね。知りませんけど。

それって結局特攻じゃんって言われたらそれはそれまでだけれども。私はちょっと最後に詰め込みすぎて強引にまとめようとしているという印象は受けたものの、この結末自体には納得しました。ここまでいろいろと文句は言いましたが、世界観が統一されていて、好評を博しているだけはあるなあというのが最終的な感想です。終わり。およそ7000字。レポートもこんなに楽に書けたらなあとか言いません、法学部はレポートないので。